東京地方裁判所 昭和40年(ワ)6869号 判決 1968年2月12日
理由
一 請求原因第一項の事実ならびに同第二項の事実は原告と被告会社との間の連帯保証契約の始期が昭和三五年五月一日か同月二〇日か、期間が後に一年より二年に延長されたか否かの点を除いて当事者間に争いがない。
二 そして被告会社代表取締役である被告川崎が弁護士塚田保雄に委任して原告に対し右連帯保証契約に因る保証債権金一五七万五六七〇円を保全するため請求原因第四項記載のとおり有体動産仮差押決定を得てこれに基づき原告所有の別紙第一物件目録記載の各物件に対し仮差押の執行をし、請求原因第五項記載のような経過で保管替えをして、第一物件目録記載の物件および仮差押外の原告所有の別紙第二物件目録記載の物件を保管するに至つたこと、しかも、右仮差押の被保全債権が存在しなかつたことも当事者間に争いがない。
三 《証拠》によると、本件仮差押にかかる第一物件目録記載の物件および被告会社が不法に搬出保管するに至つた第二物件目録記載の物件は、昭和三八年五月一七日、原告の点検申請に基き、執行吏林義助が原告代表者辰巳精三、原告の従業員丸岡公也、被告川崎の立会い下に右各物件の点検調査を行つた時、内容物の変質(主にワツクス、グリス、オイル類)、容器内の加圧ガスのろう出(スプレー式のくもり止類)、その他商品外装の損傷および石油類による汚損、商品の明らかな旧物化により、ほとんどすべて商品価値を失つていたこと、右商品価値の消滅の事実は被告川崎もその場で是認したことが認められ、被告川崎の本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたい。
四 ところで、被保全権利がないのに仮差押の執行をすることは違法であるから、その執行をなした者は、被保全権利の不存在につき故意または過失があるときは、仮差押の結果、債務者に生じた損害について賠償の責に任じなければならない。そして、このような場合には、仮差押債権者が仮差押の当時被保全権利があると信じたことについて相当な理由がないかぎり、違法な仮差押について一応過失があつたものと推定すべきである。
そこで被告会社又は被告川崎が本件仮差押の被保全権利の存在すること即ち、被告会社と原告との連帯保証契約の保証期間が有効に一年延長されたことを信ずるについて相当な理由があつたか否かについて判断する。
《証拠》を総合すると、原告と被告会社との間の前記連帯保証契約は当初保証期間が一年になつていたが、右期間の満了する昭和三六年四月末頃、被告会社の代表取締役である被告川崎が主債務者である三星化学の代表取締役森川四郎に対し、取引継続の条件として右保証期間を延長することを要求し、右連帯保証契約書である保証書(乙第一号証)を同人に返したこと、森川はその後、被告川崎から更に右保証期間の延長を原告から取り付ることを督促されたので、原告代表者辰巳精三の了解も得ていないのにもかかわらず、右保証書の記載中保証期間の項に「壱」ケ年とあるを「弐」ケ年と訂正し、三星化学の使用人である訴外日色日出夫に対し、右訂正について辰巳の承諾を得てあるからと告げて、原告の訂正印を押してもらつてくるよう命じたこと、そこで右日色は原告会社に赴き、原告会社の事務員の訴外田中千代に右の趣旨の口上を述べ、これを信用した同女から、原告の代表取締役の職印でもつて右保証書の前記訂正箇所の上方欄に訂正印を取り付け、森川はこれを被告に交付したが、事後においても原告代表者辰巳が右保証期間の一年延長について承認したりしたことのないこと、辰巳は昭和三六年七月半頃三星化学が倒産したので同月一九日、森川、被告会社代表取締役被告川崎らと会合し、三星化学の再建につき前後策を協議した際、被告川崎から前記のように保証期間が「弐」ケ年と訂正されている保証書を示され、保証人としての責任を追求された時初めて森川の無断訂正延長行為を知り、右事実を告げて被告川崎の要求を拒否したこと、本件仮差押の執行の際にも辰巳が被告側に仮差押の基礎になつている保証書が原告に無断で訂正偽造されているので債務がない旨の抗議を行つたことが認められる。《証拠》中右認定に反する各部分はにわかに措信できない。
右認定事実によれば、被告川崎が保証書の保証期間の延長訂正につき原告代表取締役の職印が押捺されていたから、有効に保証期間が延長されたと信じたとしても、被告川崎が右押印が原告代表者または原告代表者を代理する正当な権限のある者の手によつてなされたことを確認する等の手続をとつたのでもないかぎり、右事実だけでは被告会社が被保全権利の存在を信ずるについて相当な理由があるとはいえず、しかも本件仮差押前にもまた仮差押当日にも、右保証書の保証期間訂正延長部分が偽造であることを原告から通告されていたのであるから、結局被告会社又は被告会社代表取締役の被告川崎は被保全債権の存在を信ずるについて重大な過失があつたものといわざるを得ない。
五 被保全債権の不存在等の理由で仮の執行が違法であれば、差押債権者は、仮差押の執行を解放して、仮差押物件を債務者に返還すべき義務があるから、それにもかかわらず、仮差押物を占有保管していた場合には、債権者は、保管等に関し善良な管理者の注意義務を尽したにもかかわらず、損傷、変質、価額下落等による損害を防止し得なかつたことを主張立証しない限り、占有保管中に生じた仮差押物の損傷、変質、商品価額の下落等による損害につきこれを賠償する義務がある。
しかるに、被告会社又は被告川崎が、本件仮差押物件の保管につき善良なる管理者の注意義務を尽したことならびにそれにもかかわらず本件損害の発生を防止できなかつたことについては主張立証しない。かえつて証人林義助の証言および原告代表者尋問の結果によると、被告会社代表取締役被告川崎は、本件仮差押物件および仮差押物件外の第二物件目録の物件を昭和三七年一二月二三日執行吏の許可も得ないで、当初保管替えの際認められた被告会社の南千住倉庫から世田谷区玉川等々力町二四四番地にある被告会社のトタン葺倉庫に移し替えたが、右倉庫内での仮差押物件等の保管は防湿、通風に必ずしも充分留意されておらず、かつ後述のように仮差押物等を汚損する原因と思料される石油のドラム缶のそばに仮差押物件を雑然と置いていたことが認められるのである。これによれば被告会社又は被告川崎は、本件仮差押物を善良な管理者の注意義務を尽して保管していたものとは認め難い。のみならず被告川崎本人尋問の結果によれば、同被告は本件仮差押物等の性質上期間の経過によつて内容等が変質するものがあることを知つていたことが認められるのであるから、これらを自ら換価手続の申立等して、その財産的価値を保全する措置に出でなかつたことは、仮差押物の保管占有者として前記損害を防止する義務を尽したものということはできない。
従つて被告会社の本件仮差押の執行は違法であるから被告会社はこれによつて原告が蒙つた損害を賠償する責任があるといわねばならない。
六(一) 《証拠》によると、右商品価値を失つた第一、第二物件目録記載の各物件は、仕入当時その仕入価額が右各目録仕入価額欄記載のとおりであり、またその当時の販売価額は当時の原告の売上帳の各該当商品販売価額を平均すると右各目録販売価額欄記載のとおりになり、右各価額は本件仮差押時、昭和三八年五月一七日の前記点検時を通じてほとんど変動しておらずほぼ同一であること右物件は仮差押当時普通に卸売販売されていた自動車用消費商品で早晩卸売されるものであつたことが認められる。《証拠》の有体動産仮差押調書には本件仮差押物の各見積価額が記載されているが、右価額は通常仮差押の限度を画すため、執行吏が暫定的に見積る概算価額であつてもとより正確なものでない上、原告代表者尋問の結果によると本件仮差押執行当時原告の方では執行吏の右見積価額について安すぎると異議をとなえていたことが認められるので、本件仮差押物等の代替的損害を算定するのに右見積価額を直ちに採用することはできず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。
結局右認定事実によれば第一、第二物件目録記載の各物件の商品価値がなくなつたことによる損害は、仕入価額の合計額および得べかりし利益の合計額即ち販売価額の合計額金一三四万三二五〇円である。
しかしながら前記認定のように、被告会社に過失があるとはいえ、被保全債権を存在すると考えるに至つたのは、原告の従業員が原告の代表取締役の職印を代表取締役に事の真偽を確認することもしないで不用意に使用押印したことも一因をなしている上、原告としても本件仮差押物等が一年ないし二年以上経過すると、内容物が変質したり、旧物化して商品価値の低下消滅することを自認していたものであるから、これを防止すべく自らの早急に換価手続を申立る等の措置をとれるのにこれを怠つたのである。従つて損害の発生又は損害の拡大につき原告にもその責任の一端があるといわねばならない。(なお被告らは、被告会社が本件仮差押等を債権者保管しなければならなくなつたのは、原告が当初仮差押を無視するような行動に出たためであると主張し、この事実は《証拠》によるとこれを認められないことはないが、右事実は被告会社の仮差押等の保管義務を軽減させたり、損害の拡大をもたらすべき事情とは考えられ難い。)
結局右の事情等彼此斟酌して過失相殺すると、被告会社は本件仮差押による財産的損害の五分の四を賠償するのが相当である。
(二) 原告代表者尋問の結果によると、原告は被告会社の本件仮差押の執行により同業者間での信用を落したことが認められるところ、これを慰藉するためには前記過失相殺の事情その他諸般の事情を考慮し、金一〇万円をもつてするのが相当であると認める。
七 前認定のとおり、被告川崎は辰巳から保証期間が延長されていないことを告げられたのにかかわらず、被告会社代表取締役として、弁護士塚田保雄に委任して仮差押の決定を得てこれが執行をしたのであり、仮差押物件の保管替え又はその保管も自ら直接行つたものである。これら一連の行為が違法であること前段判示のとおりであり、右認定の事実に徴すれば、被告川崎は、被告会社代表取締役の職務の執行として、これら違法の行為をしたことが明らかであり、しかもこれをするについて重大な過失があつたものというべきである。したがつて、本件仮差押から生じた損害について、商法第二六六条ノ三第一項によつて被告川崎個人も被告会社と連帯してこれを賠償する責がある。
八 以上により、被告会社および被告川崎は、原告に対し連帯して、別紙第一、第二物件目録記載の各物件の商品価値消滅による損害金一三四万三二五〇円の内その五分の四の金一〇七万四六〇〇円および慰藉料金一〇万円、合計金一一七万四六〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四〇年八月二三日から完済に至るまで年五分の割合による損害金を支払う義務がある。
よつて原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は棄却する。